『  誰がために  』

 

 

 

 

******  はじめに  ******

ご存知 <島村さんち> シリーズ・・・

Eve Green 】様宅の設定を拝借です。

これは双子が 中学生の頃のお話♪

 

 

 

 

 

    トントントン −−−−   ザザザ ・・・・  シュワ〜〜〜ッ !

 

今日も朝からキッチンは賑やかな音やら いい匂いの湯気でいっぱいだ。

いつもはフランソワーズが一人で奮戦しているのであるが 本日はもう一人厨房要員がいる。

ひょん・・・と跳ねたクセっ毛は最近金色っぽくなってきた少年 ― 島村家の長男・すばる。

「 ・・・  それ、すぐに水でさらして。 」

彼はひどく無愛想にごく短い言葉を発している。

「 ハイ。 」

フランソワーズは素直に息子の指揮命令下に入っていた。

 

  ― ぱった ぱった ぱった ・・・

 

トレーナーにジーンズ、 一つに括ったぐしゃぐしゃ頭の ― 女子が一名、階段を降りてきた。

「 ん 〜〜〜〜 ・・・・ オハヨ 〜〜〜   んん ? 」

すぴかは ぼわぼわ欠伸をしつつ、 キッチンの中を窺っている。

「 ふぁ〜〜 ・・・  へえ ・・・ ネボスケ・すばるったらこういうコトになると

 冬休みでもちゃ〜んと早起きするんだねえ〜〜 」

ふうん・・・? と彼女はしばらく様子を窺っている。

「 ・・・ アタシも手伝う必要・・・あり?  すばるがいればいいよねえ・・・

 お母さんってすばるのこと、お気に入りだしさあ・・・ アタシ、料理はなあ〜〜 イマイチ ・・・ 」

ビーズの簾の間から すぴかはちらちら・・・ 中を覗いているのだが どうも入りにくい。

同じ日に生まれて弟は いつもはの〜んびり・・・ 何をするにも彼女の下手に立っているのだが

こと料理に関してはポジション大逆転〜〜 なのだ。

そう  ―  あの時だって・・・・  すぴかはちょいと不機嫌に思い出をたどる。

 

 

「 僕、 ほうちょう ! 」

彼は6歳のクリスマスに サンタさんに < マイ・包丁 > をお願いした。

「 へえ?? ほうちょう?  そんなの、きっちんにちゃんとあるじゃん。 」

「 ちがうもん。 あれはおかあさんのほうちょう。 僕は僕のほうちょうをおねがいするんだ。 」

「 へ〜んなの〜〜 ほうちょう なんてえんぴつもけずれないじゃんか〜 」

「 えんぴつ、けずらない。 」

「 じゃ なにするのさ。 」

「 おりょうり!  じゃがいもとりんごのかわ、むくんだ〜〜♪ 」

「 ??  へ〜んなの〜〜  アタシはねえ〜 あたらしいすにーかー♪ 

 くろくってね、ぎんのせんがはいってて・・・ ヒモもくろなんだ〜〜 」

「 すに〜か〜?  ・・・ すぴか、もってるじゃん。 」

「 アレはふつうのうんどうぐつ!  あんなの、タルくて〜〜 おこちゃまむけ! 」

「 ?? うんどうぐつはみんなおんなじだよ。 

「 ち が〜〜う!!  アタシはあんたみたく ず〜ず〜あるかないからさ〜

 すに〜か〜 じゃないとちょっとね〜〜 」

「 ぼ 僕! ず〜ず〜なんてあるかない ・・・ ! 」

「 え〜〜〜 あるいてるじゃん? ときょうそうはビリだし〜 」

「 ちがうもん ちがうもん 〜〜〜 」

「 アタシはりれーのせんしゅだも〜ん♪ や〜い すばるのカメさん〜〜 カメ・すばる〜〜 」

「 ちがうもん ちがうもん 〜〜〜 」

「 こ〜ら。  ケンカするな〜 」

ずっとソファで新聞を読んでいたお父さんが ついに仲裁に入った。

「 ケンカなんかしてないもん。 ほんとのこと、いったらかってにすばるがないただけ! 」

「 ・・・ うっく ・・・ ちがうもん ・・・ 僕 かめさんじゃないもん ・・・ 」

「 カメ? ・・・ なんだ そりゃ? 」

「 すばるったらねえ〜 いっつもず〜ず〜あるいて〜〜 」

「 ちがうも〜ん ・・・ ちが・・・え え〜〜ん ・・・ 」

「 ああ ほら 泣くなよ、すばる。 男だろ? ほら・・・チン!しろ。 」

お父さんはティッシュを取ってすばるの鼻に当てた。

「 ・・・う うっく ・・・ ち 〜〜 ん ・・・ ! 」

「 あ〜〜 きったな〜〜〜い はなったれェ〜〜 」

「 こらこら すぴか。 そんなコト、言わない。 すぴかだってち〜ん・・・するだろ? 」

「 アタシはベソかいたりしないも〜ん♪ 」

「 ま ・・・ な。  すばる〜 お前、サンタさんにかめさんをお願いしたいのかい。 」

「 ちがっ ちがう〜〜〜 サンタには ほうちょう!  」

「 ほうちょう??? さ サンタさんに?? 」

「 ウン。 僕、 ほうちょう。 」

「 ??? サンタさんに包丁、向けるのか・・・??? 」

「 だ〜から〜〜 ち  ちが ・・・ う 〜〜 」

父親似で口が重いすばるは 上手く説明が出来ずにジレジレしている。

「 すぴか。 なんだか解るかい? 」

「 あ〜のねえ〜〜 

「 すばる〜〜〜 ちょっとお手伝い してちょうだい〜〜 」

キッチンからお母さんの声が飛んできた。

「 はあ〜〜〜い〜〜〜 」

今までベソをかいていた弟は 特大の<いいお返事>をすると、にこにこ ・・・

まさに今泣いたカラスはもう笑っている。

「 はあ〜い お母さん〜〜〜 」

に・・・っと笑って とととと ・・・・ と彼はキッチンに消えていった。

「 ふ ふん! ナニ あれ〜〜〜 いみ、ふめい〜〜〜 」

すぴかは キッチンの方に向かって イ 〜〜〜〜〜 ッ をしている。

「 すぴか。  ・・・ なあ お父さんと一緒にちょっと出かけないかい。 」

「 え ・・・ どこ? 」

「 ウ〜ン ・・・と ・・・ え 駅前のショッピング・モール ・・・!

 お父さん、お使いがあるから一緒に行こうよ。 それですぴかも サンタさんにお願いするもの、

 決めたらいいさ。  」

「 アタシは〜〜 もうとっくに決まってるもん。 」

「 え。 ・・・・ え〜〜〜・・・っと ? なんなのかなあ〜〜 ちょっとだけ 教えて? 」

「 だめ〜〜〜 ダメだったら。お父さん。  おしえてあげない。

 サンタさんのお願い、 はナイショなんだもん。 」

「 あ ・・・ ああ そう だったねえ・・・ 」

「 でしょ? だ〜から アタシはねがいはむねにひめておくの。 」

「 え・・・ ( ぷくくくくく ・・・ )  そうなんだ〜〜〜 」

お転婆娘のおしゃまな物言いに ジョーは笑いを隠すのに苦労していた。

 

    ぷっく ・・・・ 本当にまあ・・・ 女のコってのは〜〜

    あっという間に大人っぽくなってくるんだなあ・・・・

 

「 ・・・ でもお父さんとおかいもの、行きたい〜〜〜 」

「 お〜 よしよし。 それじゃ大急ぎでコート、とっておいで。外は寒そうだ。 」

「 うん!!!  ♪ へへへ 〜〜〜 お父さんげっとォ〜〜〜」

「 お母さんに頼まれた買い物もあるんだ。  野菜やらお魚やら・・・ だから

 そっちも付き合ってくれるかい。 」

「 おっけ〜〜〜 アタシ、あどばいすしてあげる。 」

「 お〜〜  頼もしいなあ〜 それじゃうんと暖かくしておいで。 マフラーと手袋も忘れるな。 」

「 りょうかい〜〜 」

 だだだだだ  −−−− !  すぴかは全速力で階段を駆け登っていった。

 

「 ― ジョー?  お買い物 と すぴか ・・・ お願いね〜 」

フランソワーズが キッチンからひょい、と顔を出した。

「 ラジャ♪  ・・・ 泣き虫息子、頼む。  ちょっと一発ガツン! と言っておいてくれよ〜 」

「 うふふ。 もうねえ ご機嫌ちゃんでキュウリを切っているわよ。 」

「 へえ ・・・ まあ いいけど。  それじゃ行ってくる。 」

「 行ってらっしゃい。  ふふふ・・・娘とデートでよかったわね〜〜 」

「 ふふん♪  これは親父の特権さ。  お転婆娘と楽しんでくるな。 」

「 はい。  あ ・・・ アイスとか食べてきてもおっけーよ。 」

「 ははは ・・・ この寒空にそれはないだろうな〜   あ ・・・ 来た来た・・・ 」

 

  だだだだ・・・!  再び全速力ですぴかが階段を降りてきた。

 

「 お おとうさん!  じゅんび かんりょうしましたっ !! 」

「 お〜〜し。 それじゃ出発。 お母さんに〜〜 < イッテキマス >しよう。 」

「 ウン!  ( す〜〜は〜〜 ) おか〜さ〜ん?  イッテキマス〜〜〜 ! 」

すぴかは思いっきり息を吸ってから キッチンに向かって叫ぶ。

「 はい いってらっしゃ〜〜〜〜い ! 」

お父さんとすぴかは仲良く自転車で家の前の坂道を ぴゅう〜〜〜!と下っていった。

 

 

「 ・・・ ふ〜ん ・・・だ。 そうそう、あの時は ・・・ スニーカー、買ってもらったんだよねえ。 

 アタシの宝モノでさあ。  足がでかくなって履けなくなったの、と〜っても悲しかったっけ・・・ 」

ふん・・・ ともう一回溜息をつき。  えい!っと反動をつけてから

すぴかはキッチンへ入り口のスダレから頭を突っ込んだ。

「 ― おはよ〜 お母さん〜   ・・・ あ〜〜 手伝うこと・・・ ないよね? 」

「 おはよう、すぴかさん。  な〜にウロウロしていたの?

 お手伝い、してちょうだい、まだまだ作るものはいっぱいあるのよ。 」

母はレンジの前でお鍋をかき混ぜつつ 娘を声で捕まえた。

「 え〜〜 ・・・ もういいんじゃない?  オセチ料理ってさあ ・・・ そんなに作るの? 」

すぴかはちょい・・・と首を伸ばして、キッチンのテーブルの方を眺めた。

なんだか作業中のものばかりが並んでいる。

 

    ひええ ・・・・ あの黄色のは ― 伊達巻 かなあ・・・?

    ウチのは 卵ロールケーキみたくふわふわ激甘なんだよねえ★

    お鍋の中は ― 黒豆?   ・・・ ぜんざい寸前じゃん?

 

・・・ うっぷ。  甘いモノ苦手なすぴかはキッチンに充満している<甘み> だけでも

胸焼けがしてくる気分だ。

「 ― まだまだ だよ。 」

「 え〜 ?  ・・・ あれ〜 すばる、 アンタなにやってんの? 

 大根の皮むき?  あ あ〜〜〜 そんなに剥いちゃヤバいじゃ〜〜〜ん! 」

「 これは。  カツラ剥き。 これとニンジンで膾 ( なます ) にするんだ。 」

「 なます? ・・・ あ〜〜 あの酸っぱいヤツ? 

 ね〜〜ね〜〜〜 今年はさあ、 七味とかばばば・・っと掛けない? 」

「 そんなことはしないよ。  柚子を少し散らすけど。 お母さん、膾、このくらいでいい? 」

「 え〜と? ・・・あら〜〜 凄いわぁ〜〜 すばる。 

 お母さん、とってもそんなに綺麗には剥けないもの。 まあ〜今年の膾は楽しみね♪ 」

「 砂糖の割合、増やしたから。 美味しいく食べられるよ。 」

「 ―  げ〜〜〜〜〜 ・・・! 」

「「 なにか? 」

母と弟に 同時に聞かれ すぴかはふるふる首を振り ― キッチンから退散した。

「 アタシ。  ちょっと出かけて 〜 」

「 すぴかさん!  お米屋さんに行ってきて。 予約したお餅、貰ってきてちょうだい。 」

「 ( げ。  お餅・・・って あのでっかい二段 ?? ) あ〜〜 あの〜〜

 あ! アタシってば バレエのお稽古〜〜〜 」

「 今日はお稽古ももうお休みでしょ。 お願い。 

 お節料理の仕上げで お母さんもすばるも大忙しなのよ。 」

「 ― ふぁ〜い ・・・ 」

「 あ! お父さんがねえ、ガレージのお掃除、しているから。 一緒に行ってきて。

 お父さんにもお買い物リスト、渡してかるから。 」

「 ・・・ へ〜い ・・・ 」

「 ねえ わかったの?  聞いてますか、すぴかさん!? 」

母の声のトーンが ぐ〜〜んと跳ね上がった。

 

    ・・・ うひゃ・・・  この声 苦手だよ〜〜・・・

 

すぴかは首を竦め 耳を塞ぎつつ玄関へ逃走した。

「 はぁ〜〜〜〜〜い 〜〜〜 きこえてます〜〜〜〜〜〜〜 

  ― バタン!   玄関のドアがしまってすぴかの声は消えた。

「 ・・・もう〜〜!  ああ すばる? ニンジンはねえ これ、使って。 」

「 お母さん。 三寸人参、買ってないの? 」

「 ・・・ さんず?? なに それ。 」

「 膾には 三寸人参の赤、が映えるんだ。 ・・・ まあ いいや。 これでも。 」

すばるはむす・・・・っとしたまま 母が出した人参に手を伸ばす。

「 あ・・・ そうなの? 来年からはその ・・・サンズ?なんとか、を買うから・・・

 今年はコレで作ってっくれる? 」

「 もう剥いているよ。 」

「 あ ・・・ そ ・・・ ありがと。 」

「 ん ・・・ 」

中学に入ってから 急に無愛想になってしまった息子を フランソワーズはチラ見して

そっと肩を竦めた。

 

    ・・・ もう〜〜〜 相変わらずぶす・・・っとして・・・

    本当はお料理が大好きなクセに ! 

 

    なんだってそんな仏頂面しているのよ〜〜〜

 

<いつもにこにこすばるクン>  < 笑顔天使のすばるクン > は。

中学に入学する頃から  ―  どこにでもいる普通のオトコノコに変身していた。

無愛想 ・ 友達としか話しない ・ 母親無視 ・ 年中腹ペコ ・・・

それはオトコノコとしては ごく当たり前の変身、成長の証だけれど・・・

フランソワーズは がっかり というか つまらない というか ― 微妙な気分なのである。

「 あ ・・・ それじゃ ・・・ ナマス、 お願いします。 」

「 ・・・ ん 」

「 じゃあ お母さんは 〜〜 えっとクリきんとん 作ろうかな。 」

「 それ! 僕がやるから。  お母さんのだと、マロン・グラッセみたくなっちゃう。 」

「 ・・・ だって甘ければいいじゃない? 」

「 ちがうよ。  御節料理はお菓子じゃない。 縁起物なんだ。 」

「 ・・・ そ そうなの? それじゃ・・・ すばるに任せるわね。 」

「 ん ・・・  お母さんは煮物の用意、して。 あと酢蓮の用意も。 」

「 はい。 」

 

    ・・・ なんなの〜〜〜??? 

    もしもし すばるクン?  ずいぶん上から目線 じゃないこと?

    なんだっていきなり現場監督始めたのよ〜〜

 

    ・・・ けど ・・・・ えんぎもの ってなに?

    〜〜〜 う 〜〜〜 自動翻訳機 にも搭載していないわ!

 

「 あ。 あと・・・ 重箱、だしておいて。 」

「 は? じゅうばこ? 」

「 ―  お重のことだよ。 四角い塗りの入れ物があるだろ。 三段重ねのさ。 」

「 ・・・ あ〜〜 あれ ね! 木の箱でしょ。 そうよねえ アレに詰めるんだったわね!

 うふふふ・・・お弁当みたいで楽しいわね〜  ねえ すばる?  」

「 いいから。  重箱、出して。 」

「 ― はい。 」

 

    も〜〜〜 ・・・ これだから男の子はつまんないのよ〜〜

    ふん だ。 ついこの前まで 帰ってくるなり

    おか〜さ〜ん・・・! て飛びついてきて・・・

    一日の出来事を とつとつ喋っていたのは  だあれ??

 

ぶつぶつ言ってもだ〜れも答えてはくれなかった。

「 ・・・ あ〜あ ・・・・ あら? ジョーとすぴかは??  まだ戻らないのかしら?」

「 米屋に行ったんだろ?  今日あたり、混んでいるから。 」

「 え? ああ・・・ そうねえ〜 皆 お供え餅を取りにゆくものねえ・・・

 あ。 ねえ すばる?  栗きんとん、やっぱりわたしが作るわ。 」

「 ・・・ マロン・グラッセ じゃないよ?  お母さんのはいくらなんでも砂糖多すぎ。 」

「 いいの。 ウチの栗きんとんは ・・・ その ・・・ マロン・グラッセで。

 

         だって ―  お父さんが好きなんだもの。

 

「 ・・・ へいへい・・・ 了解しました。 」

今度はすばるがちょい、と肩を竦め溜息混じりに返事をした。

「 よ〜〜し。 張り切って〜〜腕に縒りを掛けてがんばるわぁ〜〜

 今年のお正月は〜〜 ふふふ ジョーの笑顔が目に浮かぶわねえ・・・

 うふふ〜〜ん ( はあと♪ ) きみの料理が最高だよ・・・って♪  」

「 ・・・・・・・・ 」

超ご機嫌の母を 今度は息子が溜息つきつき ・・・ 眺めていた。

 

 

 

 

「 ちょっと待って 〜〜 お父さ〜ん 」

「 ああ ごめん・・・ 自転車の調子、 おっけ〜かな。 」

門の前で ジョーは自転車から降りて娘を待っている。

「 ウン。  通学に使ってるもん、整備はばっちり よ〜 」

「 ああ そうだったよな。  中学校までは結構あるよなあ〜 」

「 そうでもないよ。 自転車ならイッキ〜〜  ってかんじ。 

 ねえ 買い物って下の商店街?  駅の方まで行く? 」

「  ―  はは〜〜ん ・・・ お目当てのモノは駅の向こうのモールにあるんだな? 」

ジョーはくつくつ笑い 娘を見た。

「 え。  なんでわかるの、お父さん。 」

「 わかるさあ〜  10年以上、すぴかのオトウサン、やってるんだよ?

 すぴかの気持ちくらい、ちゃんとわかるさ。 」

「 え えへ ・・・  あの  さあ・・・ 」

「 リクエスト、拝聴しますよ?  あ ・・・ ちょい待ち。 ・・・ これ、直すから・・・ 」

「 ― え ・・・ ? 」

ジョーは自転車を降りると 門の両側に設置した門松の前に屈みこんだ。

「 ・・・ 藁がどうもなあ・・・ ここいらは風が強いから ・・・ 」

「 ウ〜〜〜〜〜 ・・・・! 」

父はぶつぶつ言いつつ 門松の藁を直している。

すぴかはその後ろで じりじりして立っていた。

 

    ・・・く 〜〜〜 始まっちゃったぁ〜〜〜

    お父さんってば こ〜ゆ〜モノに めっちゃ凝り性なのよねえ・・・

    今時、 こんなでかいの、飾るウチなんてないのに・・・

 

「 ・・・ ね〜〜 おとうさ〜〜ん ・・・ 」

「 そうか〜 最後の縄が緩いんだな。  よし ・・・ ここをぎっちり締めておけば・・・ 」

「 お と う さ ん ・・・! 」

「 よしよし ・・・ これでいいかな。  あ こっちのも 〜 」

「 あ あ〜〜〜 あ ・・・ 」

すぴかは こそ・・・っと自分の背の高さくらいもある門松の端っこを千切った。

「 ね〜〜〜  早く行こうよ〜〜 商店街の売り出し品、 売り切れちゃうかも〜〜 」

「 大丈夫。  リストにあるのは ジャガイモ だの タマネギだの ・・・ いつものモノばっかさ。

 正月用品以外はお店でも <いつもと同じ > だよ。  ・・・ よし、これで大丈夫かな。 」

ジョーは パン! と手を叩いてから やっと自転車に跨った。

「 ― さて。 お待たせしました、姫君、 では参りましょうか。 」

「 うふふ・・・ ねえ お父さん、商店街まで競争しよ!  いくよ〜〜 ・・・! 」

娘は に・・・っと笑ってたちまちスタートしてしまった。

「 あ! おい〜〜〜 そりゃフライングってか ズルだぞ〜〜〜 くそ〜〜〜〜 !! 」

ジョーは半ば本気で 娘を追いかけ始めた。

 

    う〜〜〜〜 !!  このお転婆め〜〜〜

    ・・・ はははは   やっぱなあ これがすぴかなんだよなあ〜〜

 

    ははは ・・・ すぴか、お前はやっぱお母さんそっくりさ!

 

「 わ〜〜〜〜 行くぞ〜〜〜 」

 

  ―  ビュウ −−−−−・・・!! 二台の自転車は風を切って疾走していった。

 

 

「 え〜と ・・・ 島村さんね〜〜 はい、これですよ。 」

米屋のおじさんは どん! と鏡餅と伸し餅を渡してくれた。

「 う・・わ!    ありがとうございます。  はい、御代。 」

「 まいど〜〜。  あ すぴかちゃん、お手伝い、偉いねえ〜〜 」

「 へへへ・・・おじさん。 お父さんだけじゃ〜ね、頼りなくて・・・ 」

「 あ こいつぅ〜〜  じゃ この ・・・ お供え餅、持てよ〜〜 

「 や〜だよ〜  アタシはこっち。  あ そうだ そうだ。 ふつ〜のお米も買わなくちゃ。

 おじさ〜ん いつものお米、5キロください。 」

「 お。 ありがとうね〜 ちょっと待っててな。 

米屋のおじさんはにこにこ ・・・ 店の奥に入って行った。 

「 ・・・ すぴか。 買い物リストに米なんてあったか? 

「 なかったけど。  お米ケース、ほとんど空だったもん。  お母さん、忘れてるんだよ。

 ほら・・・・ お節料理つくりに舞い上がっててさあ・・・ 

「 舞い上がってる・・・って  ははは 確かになあ・・・ あの情熱は凄いよな。 」

「 そ。 それにさ〜 ほら・・・ 珍しくすばるが相手をしてくれるから〜〜 」

「 あ〜 なるほどね。   あ   どうも〜〜 」

お父さんは店に入ってきた顔見知りのオジサンと挨拶をしている。

この地に住み着いてかれこれ・・・15年以上にもなり ― 島村さん一家はしっかり地域に

馴染み、ご近所さんとの交流も増えているのだ。

 

「 それじゃ〜〜 よい御年を〜〜〜 !! 」

ぐんと重くなった自転車を押して 父娘は商店街を抜けてゆく。

「 え〜と? それじゃ〜 すぴかのご要望に応えて〜〜 駅前まで行くか。 」

「 えへへへ・・・ アリガト〜〜 お父さん。 」

「 ふふん 素直でよろしい。 行くぞ〜〜 」

「 うん。   ・・・ ねえ お父さん。 」

「 なんだい。  ( げ ・・・ 深刻な声だなあ・・・ もしや ・・・ 男のハナシか???

 か  カレシ とか・・・出来たのか ??  ) 」

ジョーは素知らぬ顔をしつつ ― 耳はまったくのダンボ状態で娘に向けている。

「 あのさあ〜 お母さんって どうしてあんなにお正月とか家庭内イベントに拘るのかなあ? 」

「 ―  へ???  」

「 お父さんもだよ〜  門松とか ・・・ ウチだけじゃん? あんなデカいの。 」

「 デカいけど・・・あれ、全部お父さんの手作りだぞ? 費用、あんましかかってないよ。 」

「 お金の問題じゃなくてさ〜   なんで。 」

「 なんで・・・って・・・ う〜ん ・・・ ああいうの、いいなあ〜って思わないかい、すぴか。 」

「 え ・・・ そりゃ お正月らしいなあ とは思うけど。

 あ クリスマス・ツリーだってさ、 あんなデカい木を飾る? ふつ〜のウチでさ。 」

「 ・・・ あの木も、もとはほら ・・・ アルベルト伯父さんがドイツから送ってくれた木だよ?

 いつもは裏庭に生えているじゃないか。 クリスマスの期間だけ鉢に移すけど。 」

「 そうだけど ・・・ 幼稚園生じゃないよ?  アタシら。 」

「 すぴかは キライかい。  いろんな行事をウチでやるの。 」

「 キライじゃないけど ・・・ ウチらしいなあ〜っては思うけど 」

「 じゃ それでいいじゃないか。  ウチは ― そんな家庭なのさ。 

 ほら ・・・ ショッピング・モールだよ。  お目当てはどこだ? 」

「 あ〜 へへへ ・・・ 家電量販店〜〜〜 あっち! 

「 へいへい・・・姫君〜〜 」

 

    え。 またかい。  ・・・ 服とかコート、ねだられるかと思ったのになあ・・・

    ゲーム・ソフトか?  あ! スマホとか かなあ・・

 

    父親としては!  娘に正月用の晴れ着とか買ってやりたいのに〜〜

 

二台の自転車は混み合う駐輪場に入って行った。

 

< ウチらしい > そんな言葉を使いつつも ジョーは自分自身の拘り ―

家庭というものへの拘りには あまり気が付いてはいなかった。

 

 

 

「 ふんふんふ〜〜〜ん♪ ただいま〜〜〜 お母さ〜ん!! お餅、とってきたよ〜〜 」

「 ただいま フラン〜〜 」

玄関で 賑やかな声が響いている。

キッチンでは 母と息子の黙々作業が続いていた。

 ・・・ いや 母は盛んに話しかけるのだが 肝心の息子からは ―

  うん     ああ      ちがう、それ   そうじゃない、かして。  

 ― と ツイートよりも短い答えが返ってくるだけなのだ。

「 え〜と・・・ 人参は花形に切って ・・・  あ〜〜 帰ってきたわ。

 ねえねえ すばる〜〜 ちょっと玄関出て。 お父さんとすぴかからお餅、受け取ってきてよ。 」

「 今 手、離せない。 お母さん 行けば。 」

「 ! お母さんも手が離せません。  それに、お餅って重量級よ? 」

「 ・・・ 花形人参、切っているだけだろ? 餅、お母さん、持てないの? 

「 ( む・・・! ) もてます! 」

  カタン!  包丁を置くと 母はきゅ!っと口を結びキッチンを出て行った。

「 ・・・ あ〜〜  やっと出てった〜〜  あれこれうるさいんだよなあ〜〜

 調理途中で喋るなんて最低なんだぜ?  ったくなあ・・・

 うん?  ・・・ あ  ひでェ〜〜人参の切り方・・・ やりなおそ。 

すばるは溜息つきつき ・・・ 母の切りかけの人参を手元に引き取った。

「 だいたいさあ・・・ 料理のセンス、ないんだよねえ・・・ 

 ああ そ〜いえば ・・・ 切ってない巻き寿司  とか  オムレツ入りお握り  とか ・・・

 超〜〜ユニークな弁当、つくるヒトだもんなあ ・・・ マトモな日本料理は無理か・・・ 」

随分と失礼なことをぶつぶつ言いつつ ― その実、とて〜〜も楽しそうに包丁を動かしていた。

  ― どごん。   突如 キッチンの床が鳴った。

「 ?? なんだ〜〜 ? 」

「 すばる〜 これ〜 鏡餅とふつ〜のお餅! 」

すぴかがドアから顔をだし、床の大荷物を指している。

「 ・・・ ああ 餅かあ・・・ すぴか〜〜 鏡餅、放ったりしたらバチ、あたるよっ! 」

「 バチぃ?? ふん ・・・ バチの方で逃げてゆくって。

 ま ともかくヨロシク〜〜 あ これ 米 ね。 」

 ずん ・・・!  再び床が鳴る。

「 あ〜〜〜 米を粗末しちゃいけないってジイサマから言われてるだろ! 」

「 粗末になんかしてないよ〜 アタシはね、鏡餅 + 伸し餅 + 米5キロ なんてね!

 いっぺんにはもてないのッ !!  

「 あ ・・・ お母さんは ―  」

 クイ ・・・  すばるは玄関を指してからサムズアップしてみせた。

「 そ。 あ〜いからわらず 白昼堂々・ムスメの前で・中年カプは ちう〜〜  」

「 は・・・ まあ しょうがないって・・・ 」

「 へえ? 随分と理解があるんだねえ〜 思春期・男子 がさあ? 」

「 慣れっこだろ〜〜 ウチはさ ・・・ 思春期・女子。 」

「 ま ・・・ ね。  ねえねえ ・・・ 今年もさあ オセチ料理って満載? 」

「 あ〜 随分減らしたよ。  お母さんには無理なモノとか高いモノとか ・・・ 」

「 ふうん ・・・相変わらず裏番だねえ すばるクン。 

「 だって!  鮑とか伊勢海老とか鯛とか ・・・ ウチには贅沢だよ。 」

「 ま〜ね  あ〜〜 それで今年もまた大甘街道突っ走りなわけェ?? 」

「 しょうがないだろ。  < お父さんが好きだから > で押し切るんだぜ。 」

「 あ ・・・ は。 そりゃ ・・・ しょうがないね。 

「 だろ? ― ほら ・・・ 山葵漬け と カラシ明太子。  この前、一緒に買っておいたから・・・

 すぴか、オセチにこれ、付けてれば。 」

「 お〜〜〜 サンキュ♪ 我が弟よ〜〜〜 」

「 ふふん ・・・ あ。 ちう〜タイム、終ったらしいぜ。 」

「 あ?  じゃ アタシは退散〜〜 おじいちゃまのお手伝い してる。 盆栽のお手入れとか・・・ 

 あ〜〜 そうだ〜 アタシ、お年玉先取りゲットォ〜〜♪ だよ〜ん♪ 」

「 え〜〜〜〜 なに〜〜〜? 」

「 へっへっへ〜〜〜 CD数枚と ス マ ホ♪   じゃね〜〜 」

「 あ〜〜〜〜 ズルい〜〜〜 すぴか、ズルいぞ〜〜〜〜〜 」

「 あっはっは〜〜〜 のろまのすばるクン〜〜 かめさん・すばる〜〜〜 

 まあ せいぜいの健闘を祈る! 」

 ぴ!っと敬礼して すぴかはぱたぱた・・・ 二階に飛んでいってしまった。

「 ちぇ〜〜〜〜 くそ〜〜〜 先、越されたぁ〜〜 」

「 ?なにを濾したの、すばる。 」

シャラリ ―  母が玉スダレの暖簾を分けて入ってきた。

「 え? さあ〜〜  あ! 餅、 これで全部? 」

すばるは何食わぬ顔で すぴかが引き摺ったり放り投げたりしていたお餅達を指した。

「 ええ そうよ。 え〜と・・・ちょっと確認するわね〜  あら 今年のお供え、いいわあ〜

 あら〜 伸し餅、まだ柔らかい〜〜 うふふ 今食べたいわねえ・・・ 」

母は大ニコニコで 鏡餅やら伸し餅を撫でたり突いたりしている。

 

    あ ・・・ 突っついて穴なんか開けるなよ〜〜〜

     ― それにしても。  

    御節料理ってこんなに作るか? フツ〜〜〜

 

    やっぱ明らかにウチは ・・・ 変わってるよなあ・・・

    父親はハーフで 母親は異国人だぜ?

    なのに なんだってこんなに  <昭和> なんだよ〜

 

    あ〜あ ・・・ < お父さんが好きだから > かぁ ・・・

 

すばるは黙って 煮しめ用の野菜を切りそろえていた。

 

 

 

  ―  コト ・・・。  

 

その日の深夜 ― 灯も消えヒーターも落としたリビングのドアがこそ・・・っと開いた。

「 ・・・ うひゃ・・・ 寒〜〜〜 」

すぴかがパジャマの上にダウン・ジャケットを羽織って部屋から降りてきた。

真っ暗な中、彼女は月明りと常夜灯のぽっちりした灯を頼りに 奥の固定電話の側まで

抜き足・差し足で進んでいった。

・・・ごそごそ ・・・ 脇のキャビネの引き出しをさぐる。

 

  ― チン ・・・  そっと受話器を取り上げた。

 

「 ・・・ よし・・っと。 え〜〜と・・・?  国際電話の掛け方・・・・ ああ あった ・・・

 まずは国番号 ・・・49 っと。 それから   〜〜 〜〜〜 〜〜〜〜 〜〜  

 ・・・ よし。  ・・・ 居てよォ 〜〜 お願い〜〜 」

すぴかはきゅ・・・っと受話器を握り突っ立ったままだ。

足元から深々と寒さが這い上がってくる。

「 う〜〜〜 寒〜〜  ソックスくらい履いてくるべきだったかなあ・・・ 

 よ・・・っと えい・・・! ここにすわっちゃえ〜 

彼女は電話のコードを最大限にひっぱり、ソファに端に正座した。

「 ・・・ まだ夕方だよねえ? ・・・ あ もしかしておデートで遅い とか??

 う〜〜ん ・・・明日にしようか・・・でもォ〜そうすると時間が  ・・・ あ!  出た!

 もしもし〜〜〜  アルベルト伯父さん?  あたし!  ・・・え?

  だ〜から アタシ!  す  ぴ  か!  ・・・へへへ ・・・ そ〜ですか? 

 え〜〜 そう? おか〜さんとそんなに似てる?  え〜〜 そうなんだ〜? 」

にこにこ ・・・ 彼女は電話の向こう、海の彼方の相手とご機嫌ちゃんで話を続けている。

「 あのね アルベルト伯父さん。  教えてほしいの〜〜  え? ドイツ語かって? 

 ちがう〜〜〜  ちがうの!  あの ・・・ あの さあ。

 あのね あのね。  ウチって・・・いや お父さんとお母さんってさあ・・・

 正月飾りとかお節料理とかに滅茶苦茶拘るのは ― なぜ? 」

すぴかは受話器をにぎりしめ きっちりソファに正座している。

「 ・・・ え? うん、だってね。 毎年すご〜〜くでっかい門松、作るし。

 そう、お父さんが よ。 お節料理もねえ お母さんったらめっちゃ張り切って ・・・ ん? 」

  ― ぽすん ・・・ 誰かが隣に座った。

「 あ! こ こっちのこと ・・・  すばる! アンタ なに?? 」

「 僕にも聞かせて。 僕も知りたいんだ。 だから ― 」

「 え〜 ・・・ う ま まあいいや。  アルベルト伯父さん? 約一名、追加です〜

 あ ・・・ ちょっと代わるね〜〜  はい! 」

すぴかはすばるに受話器を押し付けた。

「 ・・・ あ〜〜 ちわ〜 すばる ッス 〜〜〜  

 ・・・・・  へ?    あ! 申し訳ありませんでした! 」

すばるは受話器を持ったまま 当然立ち上がり、ぴし!と直立不動になった。

「 ?? な・?? すばる・・・ 発作? 」

「 はい! わたくしが悪うございました。 大変失礼をいたしました。

 親愛なるアルベルト伯父上様。 お元気であらせられましょうか。

 ワタクシ、 島村すばる であります。 」

すぴかは弟の手から受話器を奪取した。

「 ・・・ 伯父さん? すばるってば大丈夫かなあ〜〜  ・・・え? 挨拶? 男同士? ケジメ?

 はあ〜ん ・・・ それってBL系? ドイツってば ぎむなじうむ〜〜とか有名だもんね〜 

 え?? 知らん?  801ってそっちにないのォ? BLよ、BL〜〜 うひゃひゃひゃ ・・・

 ・・・・ え?    ・・・ あっそ ・・・  」

「 なにが < あっそ > なんだよ〜〜 」

横ですばるがやいやい突っ込んでくる。

「 ・・・ 当たり前、なんだってサ・・・ わざわざ騒がないんだって ・・・ 」

「 ― へ???  マジかよ〜〜  ・・・ そんじゃ 伯父さんも ・・・? 」

「 しょ 少年時代に・・・?  ・・・ うわ〜〜 モテそうだもんねえ・・・

 白銀の髪の美少年〜〜 孤独な彼の瞳にはいつも遠い空が映っていた。 

 ああ 鳥になりたい ・・・ 空の色を写し取った瞳は冬の空を舞う影を追う。

 鳥ならば 自由に どこまでも自由に この愛を伝えることができるのに・・・ クラウス ・・・! 」

「 すぴか! お前の妄想話、聞く時間じゃね〜だろ! 」

「 あ ・・・ いっけね〜 ねえねえ 伯父さん? アルベルト伯父さん? ・・・・・・? 」

すぴかは受話器を耳に押し当てたまま固まっている。

「 な〜〜 どうしたってば? 」

「 ・・・ 伯父さん。 向こうで笑死しそうだって ・・・ 」

「 む〜〜  伯父上〜〜〜 どうか どうか我ら愚姉弟の質問にお答えを賜りたく〜〜 」

「 ・・・ すばる、アンタの喋りって、お父さんとこの雑誌のアンケートみたい。 」

「 るせ〜〜って。  ・・・え? なに、伯父さん。  え すぴかと? 

 ・・・ うん ちょっと待ってください〜〜  」

すばるは受話器を耳から離すと 姉を手で呼んだ。

「 なによ? 

「 ここ 来いって。  伯父さんが二人一緒に聞けって。 」

「 二人一緒に? ・・・ しょうがないなあ〜〜  アンタ ちょっとつめて。 」

「 ウン・・・ 」

すぴかとすばるは受話器を真ん中に、ぴたりとくっついた。

 ― そう ・・・幼い日、よくそうして日向ぼっこやお昼寝をしていたみたいに。

「 アルベルト伯父さん? 二人で聞いてるよ〜 

「 ― 拝聴しております! 」

( すばる〜〜!! )

( んだよ〜〜 蹴飛ばすなってば! )

 

「 お〜〜 相変わらず双子は仲がいいな。  え? 皮肉かって?  ははは そうさ。

 どうせすぴかがすばるの足でも踏んづけているんだろ。 

 え? 蹴飛ばした? そりゃよかったな 〜〜

 えっと あ〜〜 そうそう・・・ それでだなあ ―  おまえらが生まれるずっと前 ・・・

 まだあの二人が結婚する前だ。  ある年の大晦日に な ・・・ 」

アルベルトは淡々と 思い出話を語る。

そう ・・・ あの大晦日のあの<騒動>を。  今となっては懐かしくもほろ苦い思い出を・・・

 

「 ・・・ へえ ・・・・ え?  うわ ・・・・ 」

「 ・・・ へ ・・・ う? ・・・  う ・・・ 」

双子はぴったりと耳を受話器に押し付け 聞き入っている。

深々と冷える深夜 ― しかしそんなことはまるで忘れていた ・・・

 

「 ― お前たちの母さんが あんな風に泣いたのを見たのは初めてだったなあ・・・

 俺は他のヤツラに腹を立てていたが 彼女には心底申し訳ない・・・と思っていたさ。

 まあ 結末はともあれ ・・・ フランソワーズは、お前らのお袋さんはああいった行事を

 < 家族みんなで楽しむ > ってのがとても大切に思えるんだろ。 」

 

「 ・・・ うん ・・・ そだね、 伯父さん ・・・ 」

「 ・・・ う ・・・ う ・・ ふぇ ・・・  」

( ? ちょっと〜〜 泣くなってば! 男のクセに〜〜 )

( ・・・ かんけ〜ね〜だろ! ぐし・・・ すぴか セクハラ! )

「 え? ああ なんでもないの、 すばるがねえ〜〜  いた!! 足、踏んだぁ〜〜 」

「 !  な なんでもありません、伯父上! 」

 

「 おい〜〜 いい歳して兄弟喧嘩、するな。 

 ジョーは ― お前たちのオヤジの生い立ちは知っているだろう?

 アイツは ごくごく普通の家庭 にものすごく憧れていて ・・・ 今、最高に幸せなんだろう。

 そんな彼の笑顔を彼の <恋人> は一番大切にしたいのさ。 」

 

「 ・・・ あ ・・・  そ ・・・っか・・・ そだね ・・・ 」

「 ・・・ う   ふぇ ・・・ うっく ・・・ 」

( また泣くぅ〜〜〜!  く ・・・ )

( ぐし・・・ な なんだよ すぴかだって すぴかだって ・・・ ぐし・・・ )

「 あ、ごめんなさい、伯父さん。  そだね そうなんだ ・・・ 」

「 ・・・ さ さようであります か  伯父上 ・・・ 」

 

「 ふふん ・・・ 俺はさ。 あの時、 <日本の大晦日> を一回パスしてしまって

 惜しかったなあ、と今でも思うぞ。

 ははは ・・・ 俺もまだまだ・・・若かったってことだな。 」

 ― カラン ・・・  グラスの中で氷が鳴った。

アルベルトは姪っこと甥っこと話つつ オン・ザ・ロックを傾けている。

「 お袋さんはなあ <恋人> が喜ぶならば ・・・・と一生懸命なのさ。  

 ナイショだけどな ・・・ フランは最初サシミは全くダメだったんだぞ。 」

 

「「 ええええ〜〜〜〜〜 !?!?  」」

双子の混声合唱で しんみりとした空気は雨散霧消してしまった。

「 うっそ〜〜〜 お母さんってば 甘エビとかヒラメとか大好物だよ? 」

「 ガキんちょの頃 ・・・ 朝御飯のアジの干物、残して ・・・ 僕、オヤツ、抜かれた・・・ 」

 

「 あっはっは ・・・ まあ そりゃ昔のことだ。 今はなんでもオッケーだろうさ。

 ・・・ おい? お前ら〜〜 こんなに長話してていいのか?? 」

「 え? ああ もう冬休みだからオッケーなの、伯父さん。 」

「 そ。 塾も一応休みだし〜〜 」

「 そうじゃなくて! コレ・・・ 国際電話だぞ! お前らなあ 気楽にぺらぺら喋ってるが

 ― 町内に電話掛けてるんじゃねえんだぜ。  」

    「「  あ !!  」」

双子は思わず顔を見合わせ ― さささ  −−−− と青くなった。

 

     お お母さんに ・・・ 叱られるぅ 〜〜〜〜

 

口先では生意気連発なすぴかも 仏頂面の上から目線のすばるも ― 

ホンネでは まだ母がコワい。  

「 ・・・ すばる!  アンタ 半分払ってよ! 」

「 なんで〜〜 掛けたの すぴかだろ! 」

「 アンタだってずっと喋っていたじゃん〜〜〜 」

「 ― わかったよ。 きっちり半々だぞ! 誤魔化すなよ! 」

「 へん!  アンタ、割り算もできないの? ふ〜〜ん ふ〜〜ん そっかあ? 」

「 ・・・っるせ〜〜〜 」

「 おい〜〜 またケンカする〜〜  ― 切るぞ? 」

「 あ〜〜! アルベルト伯父さん〜〜 ありがとう! ありがとうございましたぁ〜〜 」

「 伯父上! 感謝感激でありますッ 」

( もウ〜〜〜 ふざけないでよっ )

( マジ! ホンマジだってば・・・! )

「 うん  じゃあ な。  お前らの声、聞けて俺も楽しかったよ。

  ・・・ なあ?  すぴか に すばる。  

 

  誰かのために  誰かが喜ぶから ―  そんな心がいっぱいのさ、お前たち両親は な。 」

 

「 ・・・ ん ・・・ そ そだ ね・・・ 伯父さん ・・・ 」

「 う ・・・は  はい ・・・ おじ うえ ・・・ 」

( ・・・ ぐしッ  ・・・  ぶ〜〜〜〜〜 ・・・ )  注: ← 鼻をかんでいる

( ・・・ す すぴか な 泣くなって ・・・ )

( 泣いてなんか ・・・ ぐし・・・  )

「「 それじゃ ・・・ お休みなさい、アルベルト伯父さん 」」

「 ああ お休み。  いい新年を な。 

 

  ―  カチリ。   そっけなくドイツの住人は通話を切った。

 

「 ・・・ ぐし ・・・そ ・・っか ・・・ 」

「 ウン ・・・ ぶ〜〜〜〜・・・! 」

「 ・・・ ね! すばる。 お節料理!  もう全部完成? 」

「 え  あ〜 ・・・っと あとは 栗きんとん くらいかなあ 」

「 じゃ さ。  いつもみたく ・・・ う〜〜〜〜んと甘くしよ! ウチ流にさ。 」

「 え。 いいわけ?  だって ・・・ マロン・グラッセだぜ ウチのきんとん ・・・ 」

「 いいよ、 マロン・グラッセおっけ〜じゃん。

 だってさあ ウチのお母さんはフランス人なんだよ? フランスったら 」

「 マロン・グラッセだもんな〜〜  了解〜

 しっかし ・・・ お節料理の中に堂々マロン・グラッセ ・・・ かあ ・・・ 」

「 いいじゃん。 ウチのお父さんはハーフで アタシらは日本生まれの日本育ち!じゃん。

 だ〜から。 ウチじゃ なんでもアリ! 」

「 だ な。  よォ〜〜し♪  あ 田作りさあ、すぴか用に飴をからませてないのもあるから。 」

「 お♪ やったぁ〜 アタシはねえ、張伯父さんから頂いたカラスミで一杯♪

 お父さんと < 差しつ差されつ > するんだ♪ 」

「 ― あ〜〜〜 未成年が〜〜 い〜ってやろ いってやろ♪ 」

「 ふふ〜〜ん だ。  フランスじゃね、チビでもワインおっけ〜なんだってよ 」

「 ココは日本ですけど? 」

「 いいの! アタシのおか〜さんは フランス人 なんだから! 」

「 ― 超〜〜〜 意味不明なリクツ ・・・ 」

「 ともかく〜〜 明日の仕上げ ・・・ 頑張ってよ、島村シェフ。 」

「 ふふん、任せとけ。  それじゃさ、すぴか、お母さんをキッチンから離してくれよ。 」

「 へ?? 」

「 ・・・ も〜〜あれこれうるさいんだ。  調理中にしゃべくるのは ― プロのすることじゃない。」

「 お〜〜 言うねえ?  う〜ん・・?  お母さんを隔離、ねえ・・・ 

 あ! お父さんとくっつけよ! 二人でモトマチとかに追い出せば〜〜 」

「 ぐ〜〜♪  いちゃくちゃ半日は帰ってこないな! 」

「 そ〜いうコト♪ 」

  ― がし。   姉と弟は拳を突合せ に・・・っと笑った。

 

海沿いの崖っぷち ― ちょいと古びた洋館は穏やかに新年を迎えようとしていた。

 

 

 

「  あけましておめでとうございます  」

元旦の朝、 ギルモア邸の朝食のテーブルで家族みんながご挨拶を交わした。

大人は御屠蘇、 子供たちはワインで新年を祝い ― すばるがしずしずとお重を、

そして すぴかがお雑煮椀のワゴンを押してきた。

「 ほほう〜〜 お前たち、凄いじゃないか。 」

博士はにこにこ・・・孫たちの大人びた姿を眺めている。

「 ホントになあ〜 もう中学生だもの、立派な大人だね。 」

「 二人とも・・・ 御節つくりや買い物を手伝ってくれたのよ。 

 さあ〜〜〜 皆で頂きましょう 〜〜〜 」

フランソワーズは満面の笑顔で 重箱の蓋を取り、テーブルに並べた。

ジョーは目を丸くして ・・・もうすぐに笑み崩れている。

「 ― うわあ〜〜 すごい ・・・ これ ・・・ 全部手作りかい? 」

「 そうなの。 ほとんどすばる作。  それでね お雑煮はすぴかなの。 」

「 ほうほう ・・・ すぴかがお雑煮をなあ・・・ こりゃ美味そうじゃ・・・ 

 このナマスはすばる作かい? 凄いなあ〜〜 張大人顔負けじゃのう 」

「 本当に ・・・ いつの間にか大人になったわねえ・・・ 二人とも・・・ 」

「 うん うん ・・・ 子供だ子供だと思っていたけど ・・・ 」

「「 え へへへへ ・・・・ 」」

 

    やっぱ ・・・ いいね♪  こんな正月ってさ ・・・

   

    おじいちゃま ・ お父さん ・ お母さん にポイント稼いだヨ〜〜〜

 

双子はこっそり顔を見合わせ ― に〜〜〜っと笑いあった。

 

 

 

******  ちょい ・ オマケ

 

「 ふんふんふ〜ん♪  えっと ・・・ 電話代の請求書ね ・・・ 」

お正月気分も薄れた日  フランソワーズは上機嫌で郵便物を分けていた。

「 年末年始はいつもちょっと高いけど ・・・ 仕方ないわよねえ ・・・

 

    ―     え  ・・・・ !!?!??   

 

電話会社からの請求書を見て ―  フランの柳眉が きききぃ〜〜〜と攣りあがった。

「 ジョーもわたしも 博士も ・・・ 先月は国際電話、掛けてない・・・ってことは。

 

    すぴかっ!!!! すばるっ !!!!  今月のお小遣いはナシですッ  」

 

 ・・・ 誰かのために 何かをするのは ― いろいろとムズカシイ ・・・

 

 

 

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Last updated : 01,01,2013.                            index

 

 

 

**********      ひと言    *********

あけましておめでとうございます <(_ _)>

お正月、と言ったら  この話に尽きますよね〜〜

例によってな〜〜〜んにも事件は起きません。

島村さんち は今日も皆の笑顔でいっぱい♪